ANTENA IN YOU2アーカイブ3

敬愛するdipのカバー。当時、二子玉川へ体調療養をかねて遊びにいっていた。すこしふわふわしたセレクト。

 

恐ろしいくらい、猛烈なシティーポップブームに寄り添う様に作った作品。あえなく撃沈、夏という事もあり、小田原と熱海に遊びにいった。秘宝館など。。曲自体は少し古め。

 

デンマーク3箇所、ベルリン1箇所でライブ。ライブ録音。色んな人に会えた。すっと肩から重いものがとれた。BJMのレコードを買った。ボートに泊まったり、ドイツのアウトバーンを走った。

女の子がびっくりするくらい可愛く、天使のようだった。

ライブが終わると16歳くらいの女の子に囲まれた。

デンマークから帰国後、少し気持ちが軽くなって、陽気になった作品。新しくベースに入るぶっとんでる女の子と出会った時期でもあり、歌詞にはそれが反映されてるように思う。しかし、少し浮かれすぎな感じが否めない。

バンドも動き出し、なかなか充実した日々。新しく入ったベースは21歳で、その影響でthe cureを聞き直す。そのため、この様な曲が出来る。ロバートスミスみたいなろうと何を間違ったのか思う。

 

このころは、特定の人しか合わず。同郷の人とよく遊んだ。すこし浮かれ気分から現実に戻ってくる。少し肌寒くなるとこういう曲がよく出来る。渋谷の蛍光看板にあきあきしたと思う。

 

1月に自主企画があり、そのために作った曲。

この時期、少しだけ人生を変えるような出来事に遭遇する。

それは、もしかした、愛とかそんなものを身近に感じられた瞬間だったのかもしれない。感情が戻ってくるとは、おそらく、揺さぶりをかける事だと学んだ。

 

他にもボツや未公開がたくさんありますが。

アルバムを出さなかった分、これが2016年のアルバムと思います。もし、よかったらライブ見にきて下さいね。チャオ!

 

 

ANTENA IN YOU2 映像アーカイブ 2

オルタナティブ回帰を志して作った作品。

女の子にロケを手伝ってもらった。このころは今のCat powerに失望していて、彼女の昔の映像をよく見ていた。と言う事は、Cat powerに書いた曲なのかも知れない。

 

海外ツアーが決まり、おそらく少し楽曲の構成をゆるめた時期。

サビは全世界共通のハレルヤ。精神的には徐々に壊れていった時期。年齢的にも懐古主義に陥っていた。夜はだいたい自分のインナーチャイルドと会話をしていた。この頃から音楽を聞かなくなり、あまり何も影響下のない楽曲になる。

 

僕がもっとも尊敬するミュージシャンのレコーディングに遊びに行き。壮大な録音が行われているなか、玄関の間を借りて録音した作品。ムンズ竹野氏曰く、「何かあったのか?」と。個人的にはここら辺から路頭に迷った。おそらくskip spenceのつもりだったのかと。

 

2016年は何度か大きな波があって、第一波の一番良くない波があった日に、作った作品。徐々に都会の人の多さに自分が負けそうな気がして、よく小倉の人に電話をしていた。この時は、よくacid folkと呼ばれるものを聞いていた。だいたい、ろくな事はおこらなかった。豊田さんやdipのライブに良く行った。

なぜか明るいロック調のはずが、おそらく最低最低の状態で作ったのだと思われる。あんまり、聞きたくないがセレクト。

 

たまのカバー、この曲には思い入れがあり、何か残しておこうと考えた。この時期、よくあてもなく渋谷を彷徨った。

 

 

 

 

 

ANTENA IN YOU2 映像アーカイブ

日々の日記のような形で作っている映像はいつもバラバラであるため、ひとつまとめて見ようと思いました。

基本的には全部1人で作っていますが、その時々に出会った人々で創作したりもしました。では、どうぞ!

東京移住後に作ったもの、まだ都会に来たばっかりで翻弄されてる時期。おそらくデイビッド・リンチを見た後に制作。

ミュージシャンのsokoにとてもハマっていた時期。なぜか人事と思えないくらいsokoにゾッコンしていた時期。うん、これはsokoに向けて作った歌だったはず。結果、アリエルピンクさんの所に行って、すこし興味が薄れた。

東京の映像カルチャー、イケメン、美人の数に翻弄され、アニメーションを決意。当時、飛ぶトリを落とす勢いの、酸欠少女さゆりと同タイトルのために再生回数が多い。おそらく、シドバレッドからの流れを組んでいるのかと。

 

https://www.youtube.com/watch?v=BOoacu8p17U