6某

毎日の渋谷に平穏を落とす事が出来て、

新宿はどこか別の街のような感覚。
来月は久々に北九州に帰る事にした。
待ち遠しく思う。
胸をはってぼくの生まれた街でみんなと話したい。
広大なネットがいよいよ億劫になり、ある日、無理をして試みてみたが、次の日まで引きづるほど疲れた。もうそろそろ本当に引退だな。一方的に発信する方が向いてるし、そもそも初めからそうじゃないか。
今日は音楽でも作ろうかと思っていたのだが、デンマークの中央図書館からメールが来て、いつもより高度な英語のやりとりで時間を使ってしまった。どうやら、図書館でライブと僕がセレクトした日本のLPを展示、ライブのイベントを開いてくれるみたいだ、しかも、予算も少なからずあるみたいで、こちらでリストを作って送る事になった。
誰を入れようか。
とりあえず、マヘルのライブ盤の新譜が恐ろしくよかったので、それは絶対入れるし、dipももちろん、アイドルなんかもリストにいれなくちゃな。もちろん自分もセレクトしよう。
今日は気分がのってるのでもう少し書く。
先日、
阿佐ヶ谷で誕生会に流しそうめんをした。
少し外国みたいな気分で地元の先輩や、学芸員の人やなんやりでワイワイした。
僕は、夕方くらいに帰るのだか一緒に飲んでたmoji先輩とkさんと場所を変えて飲み直した。音楽の話や身近な話をしたり、けなしあったり、ほめあったりした。
あー、こんな会話がかっこよいと思っていた19歳の僕に戻ったみたいだった。
あの頃は、上記先輩のライブに狂うようにかよっていて、いつも感動しながら帰ったものだ。あまりにも遠く見えて、上手く話しもできなかった。音楽的に目覚めもこの頃だ。たくさんの実験音楽やカルチャーの種を惜しげもなく教えてくれた事には感謝しかない。僕のキャラクターもあると思うのだが、血潮になったのだった。その血みたいなものにはルールがあって、それを経験できた1番最後の世代だと思う。残念ながらそれは事実なのだ。傲慢にならなくてよかった。
作品を作りにあたり昔はその環境に圧倒的に影響を受けたのだが、メロディーというものは恐ろしくて、脳裏に焼きついてしまうやっかいものである。ある種、憑依に近いようで、これは誰かに言われないと気づかなかったりする。
見抜ける人には見透かしている
そんな風な脅迫観念が常にあったのだが、
今は自由だ。
バイトは学校の売店で生徒達がいつもたくさんいる。入学したて18歳の尖ってるやつらのエネルギーが凄まじく渦巻いてる。
とにかく、半端なくオシャレなのだ。まるでインディーバンドのライブのように、毎日が狂ったshowのようで。なんとなく、関門海峡から眺める潮の渦を見る自分と重ねたのだった。
服買いにいかなくちゃな。
高原

 

 

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